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【第19話】"中田健二" との再会。やはりこの男は只者ではなかった...

      2016/04/26

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M@X(まっくす)です。

いよいよ、最終回が近づいて参りました。

予定では、今回を含めて残り3回、第21話が「釈迦~」の最終回となります。

「釈迦~」は、Facebookとアメブロ、そして公式サイトで公開しているのですが、アメブロ側のコメントが濃いです...。

やはり、アメブロは書き物を投稿するというカルチャーであり、ブロガーは読み応えのあるものを情報発信すべきであると痛感しております。

そして、コメントの内容の濃さに、完全に返信が遅れている状態であります...。

皆さん、いろんなご体験をお持ちなのですね...。(@_@;;

必ずコメントには目を通し、ご返信させていただきますので、今暫くお待ちください。

それから、連載回数が増すごとに、この連載をすんなりと最終回まで持っていけないように、何かの目に見えない力が働いているように思います。

連載を始めてから信じられない強烈的な出来事が、立て続けにずっと続いているんです。

まだ、私からの連絡待ちになっているお方も多数いらっしゃいまして、本当に申し訳なく思います。

今回は、第19話をお届けする前に、リアルな感動話と、不思議話をさせてください。

実は、数日前に、10年近く手弁当で私のビジネスをサポートし続けてくださっていたある女性が、58歳という若さでこの世を去りました。

昨日は、この方の告別式でした。

一昨日、御通夜に行ってきた私は、告別式への参列は考えていませんでした。

絶対に外すことの出来ない仕事上の締め切り日だったのです。

ところが、私は告別式へ参加してきました。

本当に良かったと思います。

御通夜の会場へ到着する直前に、私の携帯が鳴りました。

着信者の名前を見ると、

「高○直○」

と表示されています。

この方は、あの船〇総研の船〇幸雄さんとジョイント講演をやるようなお方であり、あるビジネスの大成功者です。

個人コンサルだけで、これまで累計20億以上を稼いで来られたお方であり、海外にも沢山の拠点を構えられておられるお方です。

一年の多くを海外で過されているようなお方が、このタイミングで私の携帯にコールして来られるって???

頭の中に沢山の「?」が浮かびましたが、車運転中にも関わらず急いで受信しました。

 

「もしもし、矢吹ですけど...」

「おお、矢吹か..高○やけどな...」

「は、はい..。ど、どうされましたか?」

「アンタ、今どこおるん?」

「あ、知人の御通夜会場に向かっているところですが...」

「あ、そか。ワシもさっき通夜終わったところや。線香あげ終ったら、もっかい電話してや」

 

そういうと、携帯を切られました。

実は、今回亡くなった女性と、この大成功者にも接点があったのです。

そして、御通夜が終わり、高○さんにコールしました。

 

「終わった?」

「あ、はい。」

「ほんじゃ、○○ステーションホテルの隣の "高田" っていう定食屋に来いや、待っとるで。」

 

そう言って、再び携帯を切られ、私は "高田" という店へ向かいました。

そして、この後、高○さんと、ほぼマンツー状態で午前4時過ぎまで過ごすことになったのです。

その時の会話を、いくつか紹介させていただきたいと思います。

ホンモノの成功者の考え方が詰まっていますので・・・。

 

「ヤブちゃん、久しぶりやね」

「は、はい。ご無沙汰しております。」

「ワシな、なんで今回ここまで来たんかわかるか?」

「・・・」

「あのな、人が一人死んでもうたんや。しかも、ワシの仲間や...」

「は、はい...」

アンタも生前世話になった方やろ?」

「は、はい.....」

「んで?明日の告別式には参加するんやろ?」

「い、いえ、その仕事が...」

 

その瞬間、高○さんの形相が変わりました。

 

「アンタな、人の命と、時給いくらの仕事とどっち取んの?」

「・・・」

「アンタがな、その仕事でどんなことやっとんのかワシはようわからん。
 ワシの仕事はコンサルやてことは知っとるわな?」

「はい...」

「ワシ、この2日間は全部予定キャンセルや、何千万パーや。
 でも、人の命はカネの価値とはちゃうねん。
 この辺はわかるわな?」

「はい!」

「もっかい、聞くで。明日はどないするんや?」

「参加します」

「アホか!そんなこと、オレから言われて納得するようなら、アンタの成功なんてないで!」

 

そして、この後、弔い行事ということで、朝まで高○さんと語り合ったわけです。

結果、この女性の告別式に参列させていただき、遺骨まで拾わせていただきました。

高○さんには、本当に感謝以外言葉が見つかりません。

人は、仕事に飲まれてしまうとオシマイです。

危うく、後悔の人生を送ってしまうところでした。

この高○さんからの教えは、他にも沢山ありますので、本連載終了後に、少しずつお伝えしていきたいと思います。

年間何億ものお金を、個人で何十年にも渡って稼ぎ続ける男の考え方が、一般の私達と違うということは、逢ってみればわかります。

※お逢いしてみたい方は、リクエストしておいてください。年に何度かお逢いできるチャンスはあります。
 滅多にお逢いすることができませんが、タイミングが逢えば私が一度貴方様と面談させていただき、人間的に問題がないことが分かればお逢いできる機会を設けます。
 信じられないかもしれませんが、お金は一切取りません。
 でも、一度逢ってみたら、お金を払ってでもコンサルを受けたくなると思いますので、ここはご注意しておいてください(笑)
 今の私の基礎(一貫したビジネスマインド)が出来たのも、この方との出逢いからです。

そして、昨日の告別式が終わった後に、私は福岡のあるお方と21時30分にお逢いしてきました。

この方は、同じ投資仲間なのですが、ビジネスでジョイントできる部分があればと思い、お逢いしてきたのですが、ここでまた強烈な話に発展してしまったのです。

それもまた、

『釈迦の教え』

なわけです。

有り得なくないですか?

完全にビジネスモードで行って来た先で、またしてもお釈迦様の話題となったわけです。

Facebookの方には、過去に同様な出来事を興奮して投稿しています。

これと同じことが、今回また起きてしまったわけです。

詳しい話はこれ以上言えませんが、このお話しにどんなお方が関わっているのかと申しますと、●●●●や松●幸之助さん、神●昌典さん、そして、、徳川●康公...。

うぅぅぅぅぅ~~ん、如何ですか?

私が「釈迦~」の連載を行っていなければ、まずこのような出来事は起きていなかったように思います。

このような感じで、肉体も精神も付いていけないような状態に陥っているというのが、本当のところです。

そんな中で、第19話をお届けしたいと思います。

最後までお付き合いくださいませね。^^;;






【第19話】"中田健二" との再会。やはりこの男は只者ではなかった...

~~~ 前回までのあらすじ ~~~

12年前に履歴書で足切りされた会社から、突如ヘッドハンティングを受けた矢吹。
しかし、転職先で矢吹を待っていたのは、社員のハイレベルな実力であった。
自信を失い、達成感を得ることが出来ず、真っ逆さまに奈落の底へ落ちていく矢吹。
矢吹は、僅か3ヶ月足らずで鬱病になってしまった。
鬱病になった矢吹に、次から次へと不思議体験が襲う。
これは、釈迦から救われる予兆なのではないだろうか?
そして、千葉からお見舞いに来てくれた黒澤夫妻の前で、またしても2つの不思議な体験をしてしまう。
一体、この後、矢吹に訪れるものは何だろう・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~

ろくなおもてなしもできないまま、黒澤夫妻は千葉へと帰って行った。

せっかくこちらに来てくれたのに、連れて行ってあげたのは、近場の脇田温泉だけという、なんとも無礼なことをしてしまったと思う。

ここでもまた、2つの不思議体験をしてしまった私だったが、この体験があったからといって、その後に特段大きな変化が訪れたわけではなく、普通の鬱病患者に戻ってしまっていたのである。

未来が見えず、将来の不安だけが募る毎日。

もう会社も2週間以上休んでいた。

そんな時、会社から連絡があった。

江崎支社長からであった。

一度、出社して欲しいとのことだった。

私はもう出社する気力なんてものはなく、とにかくあの鉄の扉を開く勇気が消失していた。

電話越しで私は言った。

 

「すみません。もう会社に行く気力は無いんです。
 どこか近くの喫茶店でお会いできませんでしょうか?」

 

この要求を快諾してくれ、私は翌日、会社近くの喫茶店で江崎支社長と再会した。

すっかり、落ちぶれた私を見て、江崎支社長は一言、

 

「痩せたね」

 

と言った。

そりゃそうだろう。

飯は食べた記憶がなく、ほとんど眠れない日が続き、鏡に映し出される自分の姿を見るのが嫌になっていたわけである。

こんな私を目の前にして、江崎支社長は話を続けた。

 

「どうするの?会社辞めるの?出社するの?」

 

2週間以上、会社を休んでも、改善の余地のない一進一退の私を見て、この一言が出るのは当然だろう。

私は言った。

 

「会社は辞めません。家族がありますので。もう少し待ってください。」

 

少し考えた素振りをした江崎支社長だったが、既に答えは持っていたようである。

 

「だったら、明日から出社してください。」

 

これが世の中の会社である。

つまりは、駒というわけだ。

二者択一の条件を突き付け、会社に残るという答えを出した私に対して、もうこれ以上の猶予は与えらえない。

会社に復帰させて、それでもダメなら辞めてくれという判断だろう。

深くは考えていない様子だった。

ここで、私は言いたい。

鬱は鬱になった人間にしか、その辛さや苦しみは絶対にわからない。

そんな病気である。

江崎支社長は、当然鬱の経験はなかった。

もしも、この記事を読まれている貴方が鬱病だったとして、周囲に同じ経験をして相談に乗ってくれる人が居なければ、今すぐ環境を変えて欲しい。

同じ気持ちを分かってくれる人がいる場所に環境を変えてください。

そんなわけで、翌日、私は重い足取りで、会社へと出社した。

久々に出社した会社だったが、雰囲気というか空気感は全く変わっていなかった。

私は席に着くなり、鼓動がバグバグして、パニック障害が出そうになった。

慌てて薬を飲んで落ち着かせたところに、やってきたのは、中田さんだった。

優しい言葉を掛けて貰えるわけでもなく、私はそのまま、会議室へと連れて行かれた。

そこで、中田さんとマンツーでの面談が始まった。

私は、目の前に居る中田さんを真っ直ぐ見ることができず、ずっと下を向いていた。

 

「具体はどうですか?矢吹っさん。」

 

いつもの口調で、中田さんが話し掛けてきた。

 

「まあ、なんとか・・・」

 

一言、言葉を返したが、その先の言葉が出てこない。

 

「どうすんですか?この先。」

 

中田さんから鋭い質問が来た。

 

「いえ、あの、、私はまだ、、その、、。」

 

言葉が出ない。

私はずっと下を向いたまま、目の前の中田さんを見ることが出来なかった。

 

「ちゃんと前を向いて答えてください。矢吹っさん。」

 

前を向く、私。

 

「どうするんですか?矢吹っさん。」

 

問い詰める中田さん。

私は目を瞑ったまま、次のように答えた。

 

「辞めませんし、逃げません。私には家族が居るので、家族を路頭に迷わすわけには行きません。」

 

その瞬間、中田さんが強い口調で言った。

 

「ちゃんと目を開けて、僕と会話してください!」

 

一瞬、ビクっとして私は目を開けて中田さんを見た。

中田さんは、凄い睨みをきかせて、私の方を真っ直ぐに見ていた。

 

「矢吹っさん、何考えているか、当ててみましょうか?」

「・・・・」

「僕のことを意識しすぎているでしょう?」

「・・・・は、はい」

「ですよね?」

「・・・・」

「イイですか?よく聞いてください。」

「・・はい」

「僕を追い越そうと、僕と同じことをしてもダメですよ。」

「???」

「何故だかわかりますか?」

「い、いえ・・・」

「答えは簡単ですよ。」

「・・・・」

「私は、ずっとやり続けていますから、僕の真似をしても永遠に追い抜くどころか、追い付けることもできませんよ。」

 

この言葉を聞いた私は、背筋がゾッとしたことを感じた。

更に、中田さんはこう続けた。

 

「矢吹っさん、なぜ僕の真似をするのですか?」

「・・・そ、それは、、、中田さんが天才だからです・・・」

「なるほどですね、まあ、いいでしょう。それは間違いではありませんから」

 

サラりと中田さんは、そう言い切った。

自信の強さをこの一言で感じた。

そして、中田さんの言葉は続いた。

 

「僕はですね、ずっとやってきている人間です。

 

だから、どんなに頑張っても僕には追い付くことなんてできない。

ただ、矢吹っさんには、矢吹っさんのやり方があるんです。

やり方というよりも、僕には持っていないものを矢吹っさんはお持ちだ。

だから、私は貴方をヘッドハンティングしたのです。」

ここで、衝撃的事実を知ったのだ。

なんと、私をスカウト(ヘッドハンティング)したのは、中田さんだったいうわけである。

 

「え?私のことをヘッドハンティングしてくれたのは中田さんだったのですか?」

「そうです。福岡全体を見ても、この会社でやっていけるのは貴方しかいないと判断しました。」

 

さらに、次のように話を続けた。

 

「しかし、貴方は落ちて行った。
 本当に自分の良さに気づくことなく、どんどん落ちていった。
 それは、貴方は僕と比べようとしたからだ。
 これまでも僕と比べようとした方が、次々に会社を辞めて行った。
 僕はそんなに大した人間じゃない。
 ただ、単に信念を貫いて生きているだけです。」

「・・・そ、そうなのですか?」

「そうですよ」

「中田さんは、今後どうなりたいのですか?」

「私は教育者になります。そこに矢吹っさんも来て欲しいと思っています」

 

中田さんは、将来のビジョンを語ってくれた。

散々、この人の存在で落ちてしまった私であったが、この時、本当に中田さんに付いて行きたいと思ったのであった。

 

「矢吹っさん」

「はい。。」

「辛いですか?」

「え、は、はい・・」

 

突然、何を言い出すのかと思ったのだが、すぐにまた次の言葉が中田さんから発せられた。

 

「僕も結構辛いのですよ、矢吹っさん・・・」

 

そういうと、暫く沈黙が続いていた。

そして、ゆっくりと中田さんが自分の素性を話し始めた。

ここは、詳細をお伝えすることができない。
※個人情報となるためです。

要約すると、次のような言葉であった。

 

・自分は高卒なので、その劣等感がずっと心に残っている

・誰も自分のことを理解してくれる人はいない

・誰よりも悩んでいると思う

 

といった内容であった。

更に極めつけは、

 

・実は右目はほとんど見えてない

 

だった。

私は、今回の件で、私自身の視力がガタ落ちし、鳥目が酷くなり、蛍光灯のある場所でしか仕事ができなくなっていた。

会社に無理を言って、蛍光灯を買ってもらい、それをデスクの前に置いて仕事をしていた。

このことも、精神的に参っていた大きな要因の一つとなっていた。

ところがだ、、

 

"中田さんは、ほぼ片目だった"

 

という衝撃的事実を知った。

確かに、いつも右目だけが妙に見開いている。

その顔つきが相手に睨みを利かしているようにも見えるだろうし、私は単純に "凄い目力だな" と思っていた。

しかし、それは単に見え難い目を見えるようにと、必死に調整していた姿であったわけである。

そして、中田さんは、最後に一言、私に次の言葉をくれた。

 

『和して同ぜず』

 

孔子の言葉だと言っていた。

つまり、中田さん自身、社内では部長としての任務を全うしているように見せて、誰にも動じずに、自分の力を信じて生きてきているということを言いたかったのであろう。

中田さんをここまで引き上げてくれた江崎支社長に対しても敵意を持っていることは感じていたが、この言葉を口にしたということで、それは執念のようにも思えた。

私はこの時、

 

"彼は天涯孤独な人間なんだ"

 

ということが分かった。

ひと通り話しが終わった頃に、中田さんがすっと立ち上がって、一旦会議室を出た。

そしてすぐに戻ってきた中田さんは、スーツの上から何かを両方の肩から提(さ)げていた。

それは、

"袈裟(けさ)"
※インドの仏教者が着る法衣(ほうえ)のこと

であった。

なぜ、中田さんが急に袈裟を提げて私の前に登場してきたのかという理由は、ここでは述べることはできない。

私は、中田さんの衝撃的事実を知ってしまった。

そして、この時、いかに中田さんが壮絶な人生を歩んで、この地位まで辿り着いて来たのかが理解できた。

これでは、もはや私は彼に太刀打ちすることなんて出来っこないと思ったのであった。

私は会議室を後にした。

なんとも言えない気持ちが自分を襲ってきた。

私は、この日を境に、自宅から一歩も外に出ることが出来なくなってしまったのであった。

 

そして、

4月8日の深夜にそれは起きた...。

 

(つづく)

 

■今回のワンポイント
・本気で生きなければ、"真の成功" なんて掴むことなんて出来っこない!

 

追伸:
冒頭で登場した高○さんという大成功者からのお話しの中で、印象に残ったお話しを2つほどご紹介させていただきたいと思います。
まずは、次の質問を受けました。
「どれほど成功したいか一言で言えるか?」
私は、この質問に即答できませんでした。
この答えは、
「死ぬほど成功したい」
です。
もしも、私の「釈迦~」を読まれている方の中で、今の生活状況を何が何でも変えたいと思っている方は、"死ぬほど変えたい" と思っているはずです。
でも、その状況を変えるための手段をお持ちではないかもしれません。
私はそれを備えています。
だからこそ、そのビジネスで "死ぬほど成功したい" という答えが返せなかった自分に憤りを感じました。
もしも、今の状況を "死ぬほど変えたくて"、私の提供差し上げる社会貢献ビジネスで、"死ぬほど成功したい" と思える方は、いつでもご連絡ください。
但し、冷やかしはご遠慮願います。
死ぬほど変えたくて、死ぬほど成功したいと思えるマインドをお持ちな方と、死ぬまで手を組みたいと思っています。
もう1点です。
突き抜けた成功を収めるために、絶対に必要な条件があるのだと...。
それは、
「"当たり前" を "感謝" と思える奴や」
とおっしゃっていました。
これも、意外と奥が深いですよ。
ご飯をいただけることを"当たり前"と思っていませんか?これを"感謝"に変えてみませんか?
家族がいることを"当たり前"と思っていませんか?これを"感謝"に変えてみましょうよ。
このように一つ一つの"当たり前"を"感謝"に変えることで、人生は驚くほど激変してきますよ。
私自身、もっと強く意識して生きようと思いました。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。(*^_^*)
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 - 釈迦から助けられた男(実話)