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【第17話】かけた情は水に流せ、受けた恩は石に刻め

      2016/04/26

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M@X(まっくす)です。

いよいよ後半に突入です♪

まだ、ラストが第何話になるのかはお伝えできませんが、おそらく残り5話(第22話あたり)でフィナーレを迎えるのではないかなと思っています。

読者のほとんどの方は、前回で一気に『覚醒』し、お釈迦様のご登場と思われたことと思います。

かくゆう僕も、その当時はこれでこの地獄から解放されるものだとばかり思っていましたから。^^;;

まさか、あそこで支社長とは!って感じでしょ?

作ってるんじゃないの?って思われても仕方がない位に、偶然の出来事となってしまったわけです。

(ま、後半を読んでいただければ、必然だったんだなってお分かりいただけると思いますが...)

一旦、『覚醒』することを止められましたので、今日はちょっと通常モードに近いお話しなってしまいますが、充分にお楽しみいただけることと思いますので、今回もどうぞごゆっくりとご堪能くださいませ。*^^*

第17話、スタートします。^^¥






【第17話】かけた情は水に流せ、受けた恩は石に刻め

~~~ 前回までのあらすじ ~~~

12年前に履歴書で足切りされた会社から、突如ヘッドハンティングを受けた矢吹。
しかし、転職先で矢吹を待っていたのは、社員のハイレベルな実力であった。
自信を失い、達成感を得ることが出来ず、真っ逆さまに奈落の底へ落ちていく矢吹。
あっと言う間の、僅か3ヶ月程度で鬱病となってしまった。
パニック障害も併発し、不眠症となり、堕ちるところまで堕ちた矢吹だったが、急に覚醒チャンスが訪れたのであった。
しかし、この覚醒を邪魔する者が登場したのである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ここで何してるんだ!」

 

ゆっくりと机の下から執務室側を覗き込むと、そこには江崎支社長が立っていた。

 

(「え?何で、支社長が!!??」)

 

座禅を組み、瞑想状態だった私は、この突然の出来事に面食い、頭の中が真っ白になった。

 

「す、すみません...もう少しで悟りの境地に行けそうなので、今晩はこのままここに居させてください。」

 

私は、江崎支社長に対し、冷静にこのように答えたのであった。

普通だったら、支社長も取り乱して、罵声を上げて追い出してもおかしくない状況なのであるが、ここは丁寧に私のことを気遣う対応をしてくれた。

 

「いいから、今日のところは帰りなさい。」

 

この対応に、私は急速に現実世界に舞い戻されてしまい、沸点まで達しそうだった精神状態が、急に常温まで戻されたのであった。

 

「はい、帰ります。」

 

そう言って、私は座禅をしていた足を元に戻し、長テーブルの下から出てきて、そそくさとこの場を立ち去ったのであった。

しかし、今、思い出してみても、この時の江崎支社長の対応は素晴らしかったと思う。

もしもこの時、江崎支社長が感情的になって、私を怒鳴り付けていたら、私はどのような態度に出ていただろうか?全く想像が付かないのである。

後から聞いた話であるが、江崎支社長は、単に定期を忘れて取りに来ただけだったとのことであった。

なんとも、タイミングの悪い事件となってしまったのであった。

しかし、私はこの時、完全に昇天し掛けていた訳である。

男性諸君ならお分かりいただけることだろう。

中高生時代に、自分の部屋でHな本を見て一人エッチをしてて、イキそうになった瞬間に、母親に部屋の扉を開けられることを想像して欲しい。

この時の私は、まさにこの心理状態だったと言えば、私の当時の心理を感じ取っていただけることだろう(笑)

ということで、私は夜のJRに乗って帰路に着いたわけであるが、この時に携帯電話が鳴ったのであった。

ガラケーの表示を見ると、「江崎支社長」と表示されていた。

 

「はい、矢吹です..」

 

「あ、矢吹くん?」

 

「はい、どうされました?」

 

「明日から会社に来なくていいから」

 

「え?・・・」

 

「暫くゆっくり休んでください」

 

「わ、わかりました...。仕事の引継ぎはどうすればいいですか?」

 

「中田に私から指示を出しておくので気にしなくていいです」

 

そう言って、江崎支社長は、携帯を切った。

短い会話であったが、私は完全に戦力外通告を受けたというわけである。

帰りのJRの電車から見える流れる夜の景色を、私は無言のまま見ていた。

 









 

色を唱えながら...。

 

・・・
・・・
・・・

 

一夜が明け、会社に行かなくてもよくなった自分がいた。

地獄の出勤から解放された普通のサラリーマンだったら、精神状態は徐々に改善されていくであろう。

私は、そうではなかった。

社会に見離された感が、自分自身に襲ってきて、逆に精神状態は悪化していった。

 

(「このままでは、家族を守れない・・・」)

 

不安が一気に怒涛の如く押し寄せて来て、恐怖一色に変わっていった。

しかも、『覚醒』のチャンスも失ったわけである。

せめて、覚醒が出来ていれば、潜在能力を発揮し、大きなパフォーマンスを出せていたかもしれなかった。

そんな想いもあって、私の鬱状態は日に日に悪化して行ったのであった。

とにかく悩んでも仕方がない。

そう思った私は、この休みの間はずっと心療内科へ通い続けたのであった。

同じ鬱病患者であることを告白された先生のアドバイスは、信じることができなかったのだが、この先生の声は "森本レオさん" のような優しい声質(トーン)であり、当時の私を癒してくれるにはぴったりだったのである。

後は、自分でなんとか癒される工夫をするしかない。

図書館に行って、ヒーリング・ミュージックを借りたり、心に響く本を読んだりして(五木〇之さんと稲盛〇夫さんの本には救われました)、自分を保つようにしていた。

そんなとき、大学時代の友達の黒澤(仮名)がこんな私の状況を救おうと、夫婦で千葉からわざわざ私に逢いに来てくれたのである。

既にこの時は、長時間運転が困難な状況になっていたので、千葉の友達夫婦には申し訳なかったのだが、福岡空港まで出迎えに行くことができず、福岡空港からJR鹿児島本線に乗って私の住んでいる最寄り駅である「海老津」まで来てもらった。

そこで、私達は久々の再開を果たしたのであった。

ここで、なぜ私の大学時代の友達がわざわざ私のために遥々、千葉から来てくれたのかお話しをしておきたいと思う。

-------

黒澤は、僕よりも3つ年下だった。

というか、私は妻と18歳で駆け落ちした先の茨城県日立市で、高校卒業後に就職をしていたのだが、学歴社会の派閥に憤りを感じ、4年後に大学を受験したのだった。

私は22歳で茨城大学の夜間部に入学し、そこから4年間大学へ通った。

黒澤とはこの大学で出逢い、社会人でプログラマーだった私は、彼にプログラムを教えてあげた。

これから先、飯を食うにはITを生業にすべきであると...。

そして、黒澤は私のアドバイス通りに、ITの道を選び、大学卒業後に東京でフリーのプログラマーになったのであった。

その後、私はUターンで福岡へと戻ってきたのであるが、某F通に転職し、単身赴任で東京へ行くことになり、黒澤と再会を果たした。

彼は、当時ソ○ーの請負の仕事を受注し、個人で7桁の月収を得ていた。

かなり羽振りの良い生活を送っていた。

私は、彼の成功を喜び、その道を勧めてあげて良かったと思ったのだが、事件はその直後に起こった。

彼は、ソ○ーの請負業務を辞め、もっと稼ぎのいい開発案件を得たと言った。

 

「なんだそりゃ?」

 

ってことで、詳細を聞いても答えてくれない。

どうも新宿の事務所に監禁状態で開発を任されていると言っていた。

月収300万の案件だと言っていた。

この時、私は虫の知らせを感じ、どうも嫌な予感がしていた。

この予感は的中し、単身赴任中のある真夜中、東京のビジネスホテルでゴロンと寝っころがっていた私のところに携帯が鳴った。

電話の相手は、黒澤だった。

 

「なんだ、こんな時間に...」

 

時計の針は既に0時をまわり、午前1時になろうとしていた。

 

「もしもし...
 矢吹さん...?」

 

私は最初の黒澤の声で、これはどうもタダゴトではないと直感した。

 

「どうした?黒澤!?」

 

「ヤバイんよ、オレ、、今監禁されてて・・・」

 

「な、何?何があったんよ!?」

 

「ご、ごめん。矢吹さんの言うとおりだった....。あ、マズイ、また電話するから・・・」

 

(カチャ)

 

(ツゥー、ツゥー、ツゥー、ツゥー、・・・・・)

 

電話はここで切れた。

もろに事件のニオイがぷんぷんしていて、私は居ても立ってもいられなくなった。

こっちから、すぐに黒澤の携帯へコールした。

au特有の発信音、、

 

(ツツツ、ツツツ。。。)

 

この後に、最初に出てきた声の主は、女性の声であった。

 

(「お掛けになった電話番号は、電源が切れているか・・・・」)

 

(「ヤバイなぁーー、あいつ大丈夫かな?」)

 

黒澤のことが凄く心配になったのだが、連絡が取れないのだから、どうすることもできない。

私は黒澤の電話を待つことにした。

すると、30分後位にもう一度、黒澤からの電話が鳴った。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

最初に声を掛けたのは、私だった。

 

「うん、大丈夫...
 今ね、監禁されてる...
 かなりヤバイ...
 もう数ヶ月間も、外に出させてもらえてない...
 お金ももらってなければ、食い物は適当なコンビニの弁当を配給されている状態なんよ...
 矢吹さん、助けて...」

 

どうやら、隠れて電話をしてきたようである。

黒澤の声は、かなりヒソヒソしたものだった。

私は冷静だった。

 

「で、そこはどこなん?住所は?何か目印は?」

 

「新宿なんよ...夜のネオンが明るい...」

 

そこは、新宿・歌舞伎町であった。

なんでまだ、こんな事務所にノコノコと入って開発を受けようと思ったんだろう?

●と○と△は、人間を屑(くず)にするというか、この根幹はカネだ。

カネが無ければ何もできない。

300万積まれれば、安い賃金で会社側にコキ使われているプログラマーならば、心が動くに違いない。

しかし、あいつは既に月に100万以上は稼いでいた。

夢が大きかったのだろうか?

●か○か?それとも・・・

そんなことはどうでも良くって、今は黒澤の命を助けることが重要だ。

私はすぐさま、準備に取り掛かった。

☆☆☆

私は〇〇〇20cmの〇〇をスーツのズボンの後ろに差し込み、

そのまま新宿へと向かった。

事務所はすぐに見つかり、玄関を思いっきり蹴り上げ、
「○○!うちの若ぇの!返せや!!ボケぇ~~!!」
と怒鳴り声を上げ、部屋の中へと突入し、黒澤を抱きかかえて、外へと脱出・・・

☆☆☆

なんてことをイメージして準備に取り掛かった。

(上記の☆☆☆~☆☆☆は、イメージです^^;;)

しかし、この頃の私は実際には、東京に単身赴任中であり、○○やら護身用グッズなんてものは、一切持ち合わせているはずもなかった。

私は結局、無防備のまま、新宿へと向かった。

と言っても、本当に群集と数多くのビルやネオンが光る新宿で、場所を特定することなんて困難極まりなかった。

ところが、駅の改札を出たところで、私の携帯電話に黒澤からコールがあった。

 

「もしもし!今、新宿着いたぞ!!今からそっちに行くから、待ってろよ!!」

 

電話越しの黒澤の声は大きく、

 

「いや、矢吹さん、今、脱出できたんだよっ!」

 

とのことであった。

そんなわけで、この件は大事に至らずに、ここで幕を閉じたわけであるが、黒澤は本当に大変な思いをしたようで、この頃の恩をずっと胸に刻んでくれていたというわけである。

私は自分で言うのも何だが、頭に血が上ぼると、本当に何を仕出かすか分からない。

特に、悪に立ち向かう時には、自分のことを省みずに突進する性格なのである。

これは、背中に大きな切り傷を背負った父親譲りなのであろう...。

-------

長くなってしまいましたが、そんな黒澤が新婚の奥さんと一緒に私のお見舞いに来てくれたのだった。

※今思えば、なんだかんだこの時には、皆さんに心配に掛けてしまっています。
 私のことを兄貴のように慕ってくれた秋○からも、手紙もらったなぁ~...。
 「兄貴は絶対に復活して日本を変えてくれる!」って。
 今でも部屋に貼ってますよ。秋○、ありがとう!!まだ、日本を変えることは出来ていないけど、必ずやってやるよ!!

黒澤は私を見るなり、こう言った。

 

「なんだ!全然元気じゃん!心配して損したよ!!」

 

そんなことは絶対にない。あるわけがなかった。

私は体重が10kgも減って、顔も青白く、まずもって人の目を見て話をすることが出来なくなっていたわけで、あの新宿の一件のような勢いなんて微塵もなかったはずである。

 

「いや、黒澤...。そんなことはないんよ。現に体重10kg落ちたんだよ...」

 

そういうと、黒澤は、

 

「マジぃ~!いやぁ~、羨ましいなぁ~~。オレなんて、ほらっ・・・」

 

といって、自分のシャツを上に捲って、デップリとなった腹を露(あら)わにして見せた。

 

(ペチンペチン)

 

「もう毎日、食べすぎでこんなんなっちゃったよ・・」

 

私を笑わそうと、黒澤なりのパフォーマンスを連発してくれたのだが、私は全く笑いが出なかった。

 

「ま、そんなこともあるよ、矢吹さん。オレなんてね・・・」

 

そう言って、自分の過去の失敗談を色々と話してくれて、慰めようとしてくれたのであった。

その夜は、結局私は黒澤の話をずっと夜遅くまで聞いていた。

黒澤は、相変わらずの大食いで、自分で持ってきたお土産の炭水化物を飲むように食べながら、元気のない私に朝方まで付き合ってくれたのであった。

それから、少しだけ仮眠(私は相変わらず眠れなかった)をして、次の日、近所の脇田温泉に黒澤夫妻を連れて行ってあげた。

これが限界だった...。

しかし、この脇田温泉で、2つの不思議体験が私を待っていたのであった!

 

(つづく)

 

■今回のワンポイント
・かけた情は水に流せ、受けた恩は石に刻め

 

追伸:
人生は本当に色々あるなって、今回の記事を書いてて思いました。
私は元々は、非常に平和や安定を求めるタイプでして、
小学生の先生になって子供達と遠足に行くのが夢だったりします。
(まあ、他にも色々とあるのですが^^;;)
まさか、こんなに波乱万丈な人生になるとは、思いも寄りませんでしたし、これからまた大きな決断をします。
本当にジェットコースターのような人生になっています。
この「釈迦~」の実話も、ジッとしていれば、絶対に経験しなかったことだと思いますし、少しは地に根を張った生き方が出来ていたかもしれませんよね(笑)
でも、本当に過去に対する後悔はゼロです。
失敗だらけの人生ですが、これらがすべて武器になっていると、今、本当に心からそう感じています。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。(*^_^*)
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 - 釈迦から助けられた男(実話)