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【第07話】監獄の重たい扉

      2016/04/24

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M@X(まっくす)です。

連載が進むにつれ、いろいろなお方からメッセージをいただいております。

ネット上では、

「一体、結末はどうなるのですか?」

といった内容のものです。

リアル上では、

「アレは本当にあった話なの?」

ということを聞かれることが圧倒的に多いです。

僕はリアルな世界で繋がりを持つ場合には、自分の会社の名刺とは別に、ブログ名刺をお渡ししていますので、相手のお方との再会時にはよく質問されるようになりました。

でも、本当にありがたいことですよね。

こんなに情報が溢れている中で、僕の記事を読んでご興味を持っていただけるなんて、こんな幸せなことはございません。

前回、10年前の自分勝手な馬鹿っぷりをお見せしましたので、「なんだ、コイツ。酷(ひど)い性格なヤツだな」って思われたお方もいらっしゃったかもしれません。

僕も、自分の近くに10年前の自分のようなヤツが居たら、同様なことを思ったことでしょう。

でも、どうなんでしょうか?

"人の心" ってものは、「表向きな面」と「裏向きな面」が、どんな方にもあるのではないでしょうか?

僕は10年前の壮絶な経験から、ほぼ99%は "人様への感謝の気持ち""人様に尽くしたい" というマインドに切り替わりました。

でも、残りの1%は、どうしても自分勝手なエゴが今でも残っています。

このエゴをできる限り0に近づけるため、『永遠のゼロ』を追い求めて人生を送ることが人間の使命のように思います。

これこそが、お釈迦様から助けられた時にわかった

『釈迦の教え』

なんです。

もっともっと深いお話しは、この先の展開で続々と出てきますので、お楽しみにしていてくださいね♪

では、第07話をお送りします。




【第07話】監獄の重たい扉

~~~ 前回までのあらすじ ~~~

12年前に履歴書で足切りされた会社から、突如ヘッドハンティングを受けた矢吹。

遂に人生で突き抜ける時がやってきた!

そして、新年早々、佐賀での研修に意気揚々と参加した。

そこで矢吹のことを待ち受けていたのは、社員の能力の高さ。

その中でも新任部長「中田健二」の実力は、圧倒的であった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

佐賀県での研修を終え、土日の休日を挟んで、月曜日から晴れて福岡支社へ初出社となった。

研修での一幕は、その後の私に大きなダメージを残したのであった。

(「茶髪での初出社なんてしなくて良かった...」)

その当時の私の心理を思い出すと、この一言が木霊(こだま)する。

既にこの時点で、私の攻めの勢いは消失しており、私は新入社員と同じような気持ちで、ここの会社では大人しくスタートしようと心に誓っていたのであった。

福岡支社での初出社。

天神の○○ビルの11階の全フロアが、ここの会社の支社であった。

エレベーターで11階まで上がり、初めて社員口の扉のノブを手前に引いた。

(この時の重たい扉の感覚が、後に監獄の扉のように感じていくことになるなんて...)

ゆっくりと扉を開けて、私は小さな声で挨拶をした。

「おはようございます...」

と、目の前には、私よりも一つ年下の津川さん(仮称)しか居なくて、津川さんは振り返ると、謙虚な挨拶を私に返してくれた。

「おはようございます。矢吹さんの席はこちらですよ。」

そう言って、案内されたのは、津川さんの後ろ側であり、支社長から一番離れた奥の角席であった。

そこには、L字型の大きなVIP席が用意されており、机の上にDE●L製の小さなノートパソコンがポツンと置かれていた。

さすがは、外資系企業である。

周囲を見渡すと、社員1人1人がVIP扱いされており、入社2年生の一番若い社員の机にもVIP席があてがわれていた。

そして、各人みんな自分の好きなように机の周辺をアレンジしていた。

一番の若手の秋山くん(仮名)は、机の両脇に少年○○といった雑誌を山のように並べていて、漫画好きであることがすぐにわかった。

私の斜め後ろの2つ年上の先輩社員(名前が出てこない!!^^;)は、野球ファンだとすぐにわかるように当時人気の「中〇ドラゴ〇ズ」の選手の写真が、机の前の仕切りボードにデカデカと貼られていた。

江崎支社長の机の上には、ビジネス書がところ狭しと並んでいて、

そして、、、

あの中田さんの机の上には小説が1冊ポツンと置かれていた。

私は、社内の様子はなんとなく分かっていたので、驚くことはなく、気になるのは他の誰でもなく "中田さん" ただ一人であった。

「津川さん、まだ皆さん出社されていないのですね?」

さりげなく私は、津川さんに質問してみた。

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「ええ、いつもみんな遅いんですよ。」

津川さんは言葉数が少なくて、私が投げた質問にはその後もすべて的確に答えてくれたのだが、それ以上プラスαな言葉を付け足すタイプではなかったため、津川さんがどんな性格の持ち主なのかは結局約9ヶ月の間、ずっと分からず仕舞いのままとなるのだった。

~~~~~~~

「え?9ヶ月間??」

そう思った読者の方に言っておこう。

そうなのだ...。

2004年1月1日に入社したこの会社を、私はこの後、わずか9ヶ月足らずで退職してしまうことことになるのである。

もちろん、この記事の中の当時の私は、辞めるつもりなんてあるはずも無く、愛する家族のために、どんなことをしてでもこの会社にしがみ付くしか選択肢はなかったのだ。

しかし、この後、わずか3ヶ月間で鬱病になり、私は退陣せざるを得ない状況に追い込まれてしまうのである...。

~~~~~~~

支社内で、やはり気になるのは、中田さんだった。

(「彼の机の上にある1冊の小説は何だろう?」)

私は、津川さんに気付かれないように、ソロリと中田さんの席へ行き、机の上に置いてあった小説を捲ってみた。

その小説は、小さな活字がビッシリと詰まった漢文が並ぶ中国の歴史書『史記』であった。

(「何だ?こりゃ??」)

当時の私は、このような書物に目を通したことなど一度も無かったので、ここでも軽いショックを受けてしまった。

(「こんな難しい本を読み漁っているのか?中田さんは??」)

IT系の本ばかりを読み漁り、技術力だけを追求していた私には、こんな中国の古文を読み漁る中田さんという男が、全く掴みどころのない得体の知れない人物に思えてならなかった。

そして、彼の席の前の17インチの液晶モニターの土台に貼られた1枚の付箋紙に目が移った。

そこには、サインペンで次のように書かれていた。

「やったるで~!」

てっきり難しい四文字熟語の『臥薪嘗胆(がしんしょうたん)』のようなメッセージが書かれているのかと思いきや、"やったるでぇ~!" なわけである。

謎が謎を呼ぶとは、よく言ったものである。

と、そこで、私の背中の重い扉が軽快に開いたのだった。

「おっはよぉ~♪」

それは、"中田健二" だった。

ビシっとリクルートスーツで初出社した私とは対照的に、中田さんはラフな紺色のダウンコートを身にまとい、9時ギリギリに出社してきた。

両方の耳にヘッドホンを付け、ド派手なロックをガンガン掛けてヘッドホンからの音漏れも気にせずにノリノリで出社してきた中田さんに面食らった私だったが、冷静なフリをしてすぐに挨拶を返した。

「な、中田さん、おはようございますっ...。本日からよろしくお願いいたします!!」

そう言うと、中田さんは、はにかむ笑いでこう言った。

「止めてくださいよ、ヤブっさん。健ちゃんでイイっすよ。今までと同じ呼び方でお願いしますよ。」

(「い、一体、何なんだ、この人は...。」)

(「この軽いノリで、これから一緒にビジネスをやろうというのか?」)

謎は深まるばかりの中、支社での最初の仕事がスタートした。

■今回のワンポイント
・何事も最初が肝心である。最初のイメージは、自己暗示を掛けやすくしてしまう。

(つづく)

 

追伸:

今回は、少し先の結論も見せてしまいました。
「なんだ、ツマンナイ...」って思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語は、単なる鬱病になったことを告白していく日記ではありません。
鬱になり、その後、お釈迦様の誕生日に起きた摩訶不思議な出来事をお伝えし、そこで・・・
おおっ~と、、、これを追伸で話しちゃイケマセンね。*^^*
ま、堕ちていく僕のサマを見てあげてください。
堕ちる過程も生々しく記していきますので、その過程もオモシロいと思いますよ。(ホントかな~^^;;)

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。(*^_^*)
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